私は「変われる人」です。
自分自身を変えてゆける人間です。
だから、今までの死地をことごとく乗り越えてここに存在しています。
ダーウィンは言います。
「生き残るのは、強い種ではない。変化に対応できた種だ」
私は、自分自身の中に、これまでの生物誕生以来、様々な難局を「変化することによって」乗り越えてきたDNAが流れていることを、ひしと感じています。
本来、人は変われます。
しかし、年を取ると「変われなくなる人」がぼちぼちでてきます。
同じように「変わってきた」先祖のDNAを持っているのに、なぜ彼らは変われなくなってしまうのか。私にはわかりません。
私は「変われるから」なのです。
年を取って「変われなくなった人」は「老害」と呼ばれます。
「老害」は、「経験」という常套句を用いて、自身の正当性を主張し、あまつさえ他人の人生に干渉をしようとします。
干渉された人の中には、本来「変われる人」から「変われない人」に変化してしまう人が少なくありません。
でも考えても見てください。20億年の生命の歴史において、数十年ぽっちの人生を「経験」などと声高に主張することの愚かしさを。
私のこの細胞の中に息づく「変化のDNA」は、そんなものには一切惑わされません。
こちとら、20億年です。数十年ぽっち、なんだっていうんだっていう話なんです。
私は、これからも変わり続けます。死ぬ直前まで変化し続けます。
変化をやめることは決してしません!
それが、生命体としての結論です。