だいぶつのブログ

いまさらなことをいまさらに語ります

募金は世界を救わない

日本ユニセフという団体が、募金をピンハネしてるだのなんだので叩かれています。

まー個人的にもカネを集めて横流しするだけなんだから対してオーバーヘッドなんて生じないと思うんですが、結構な額が経費として計上されているそうなんで、それってどうなんって思います。

これに対する基本的な解決策としては「信用できる個人」に託す以外にないと私は思っております。
ただ、私にとってこれは全くの余所事なんですよね。

なぜって、私は募金をしませんから(Wikipediaへのdonateはする)。
以前、募金は偽善だと公然と書いて叩かれたこともありますけど、懲りもせず言います。募金は偽善だと。

偽善でも悪よりマシだと思うでしょうか。私はそうは思いません。偽善は悪以下です。

親鸞聖人いわく「善人でも極楽に行けるんなら、悪人はなおさら極楽に行ける筈だ!」。
ここでいう「善人」とはつまり偽善者を指します。

自分で自分のことを善人などと思っているノー天気な人は、自分が悪の行為を行なっているという自覚がないのです。つまり、イノセントに悪事を行っている。「俺は悪いやつだ」と思って悪いことをしている人より、始末が悪いでしょう。

たとえば、肉を食う。つまり、牛を殺して食べているわけです。
殺したのは自分じゃない?はい、偽善者ですね。あなたが食べるためにその牛は死んだんですよ。
そう考えないといけない。

仏教的には「不殺生戒」(殺すべからず)を破ったことになり、重罪です。出家信者であれば破門もの。教壇を追いだされます。

では食べてはいけないのか。実は食べてもいいんですね。まあ、牛肉は無理にしても魚くらいは食べてもいい。ただし、「食べる」ではなく「いただく」という浄語(じょうご=戒律違反を回避する言葉)を用いる。

これは偽善ではないんです。殺しているという自覚を持って殺して食べる。悪です。自分が悪と認める行為なんです。

なので、親鸞聖人は「善人よりも悪人の方が極楽に行けるぜ!」と言ったわけですね。

この世の中、いろいろと不均衡があります。
というか、不均衡だから宇宙が生じたとさえいわれています。
すべての人が平等な境涯に生きられるはずはありません。
それは、だれがどんな行動をとったところで変わるものではありません。
宇宙の摂理なのですから。
それはそれでほっておく。

じゃあ募金は無意味かというと、それは心次第でしょう。
中途半端な見栄を満足させるためであれば、やめておけと私は思います。
本当にかわいそうな人に何かしたいという人なら、募金などという中途半端な行為で満足するはずはないと私は思います。
マザーテレサみたいになれる人はそうはいないと思いますが。