老いぼれエンジニアには隠す爪がない

この時代に老いぼれを見たら、「生き残り」と思え…!

ウサギの冒険

「かったるい・・・。」

 

ウサギは思っていた。

今日は村のみんなでピクニックに行くそうだ。ピクニックはみんなで揃って歩けと言われている。無論、カメも一緒だ。村で一番足の速い自分は、みんなに合わせてトロトロ歩かねばならない。いつものことだが、遅い奴に合わせて歩くのは、みんなが思っているよりずっと大変なんだぜ!と思わずにはいられなかった。

前は競争させたかと思えば今度は仲良く揃って歩けだと、つまんない企画ばっかりしやがって。大体、ちんたら歩いているだけで楽しくなれるはずはない。もっと軽やかに走って流れる景色を楽しみたいものだ。とかなんとか、いろいろ愚痴ってはみたけど、意外と小心者のウサギは、村の長老どもに意見を言うこともなく、結局ピクニックに参加することにした。

みんなで隣村まで歩いて弁当食って帰ってくると言うことだった。このコースは何度も行っているし、景色も見慣れている。

 

「つまらない旅になりそうだな・・・。」

 

そう思っていた。カメはと言うと、いつものように目をランランとさせて、楽しそうだ。いいよね、人生幸せそうで・・・。こいつだけは相変わらず、何を考えているのかわかりゃーしない。

テクテク歩くこと30分。いい加減ウサギはじれてきた。ここからなら、隣村まで自分の足だったら2分でいける。でもこのペースだとあと1時間はかかりそうだ。ここで、ウサギの頭によくない考えが芽生えた。

 

「俺、先に行って待ってるよ!」

 

みんなの了解を聞くこともなく、ウサギは走り出した。流れる景色、見る見る小さくなっていく、村のみんなの姿。とうとう、ウサギは村のみんなを地平線の向こうに置き去りにした。ああ、なんて気分がいいんだ。そう思っていた。隣村まであと少しだ。

突然、首筋に冷たいものを感じた。振り返ると、そこには今まで会ったこともない鋭い目をし、筋肉を隆々とさせた猛々しい動物・・・、肉食獣の姿があった。ウサギは、肉食獣のことを話に聞いたことはあるが、遭遇したのは初体験である。とにかく群れからはぐれるなと、昔から教えられてきた。しまったことをした、とウサギは思った。次の瞬間、ウサギの左横から、考えられないようなスピードで肉食獣の右手が飛んできた。

 

「速っ!」

 

ウサギはすんでのところで右に飛びのいた。しかし、顔にかすり傷をおって血が出てきた。かすっただけでこの威力。直撃を食らえばまず気絶する。そうなれば食われるほかはない。ウサギは、文字通り脱兎のごとく逃げ出した。

ウサギは正直、足の速さには自信があった。今まで競争で負けたことはなかった。しかし、信じられないことに、肉食獣は、それ以上のスピードで迫ってくる。体が小さい分、スタートダッシュで若干リードすることができたウサギであったが、トップスピードに達した肉食獣はその差をどんどん詰めてくる。

 

「俺より速い奴がいるなんて!」

 

正直、驚愕以外の感情はなかった。そして、もはやなかば死を受け入れかけてさえいる自分がいた。涙が出てきた。前を見て走らねばならないのに、前がよく見えない。もうだめだ・・・。肉食獣もそのあきらめの気持ちを悟ったのか、ウサギを確実に仕留めるよう十分な距離まで追いついてからパンチを食らわせようと言う様子だ。

その刹那、ウサギの脳裏にカメの深遠な瞳の映像がよみがえった。

 

「何でこんなときにあいつの顔が・・・?」

 

次の瞬間、何も考えず左に飛びのいている自分がいた。なぜ自分は左に飛びのいたのか?自分でもわからなかった。とにかく、体が勝手に動いた。われわれ、人間の目から見ればウサギは消えたかに見えただろう。だが、肉食獣の研ぎ澄まされた動体視力は、その目の端に確実にウサギの姿を捕らえていた。「逃すか!」とでも言わんばかりの左パンチがウサギを襲う。その次の瞬間、ウサギは肉食獣の想像を超えた。肉食獣の左手を踏み台にして、ウサギは右方向に飛び退いたのだ!

 

「すばしこいやつめ!」

 

肉食獣の心の声が響き渡って来るかのようだった。肉食獣はまだまったく疲れていない。ウサギはかなり疲れていた。しかし、ウサギにはわかった。1秒でも生き延びるすべが。スピード・パワーでは劣る。だが、刹那の俊敏性において、自分はわずかだが肉食獣に勝っている。これを生かしきれば、少しでも生きている時間を長くできるだろう。だが、自分は疲れてきている。いずれは仕留められるだろう。肉食獣にあきらめる様子はない。むしろ着実に間合いを詰めて、止めを刺す機会をうかがっている。逃げ切れない・・・。ウサギは思った。

肉食獣の攻撃、ウサギのギリギリの回避、攻撃、回避・・・。そんなやり取りが続いた。ウサギには無限とも思える時間、なぜ自分がかわし続けているのか、いずれ殺されるに違いないのであれば、一思いに殺されたほうが楽だろうにという気持ちすらあった。だが、体はそれを拒んだ。1秒でも長く生き続けるため、自分に与えられた唯一の武器「俊敏性」をトコトンまで使って、生き延びようとしていた。

30分もたっただろうか。たったの30分、だが、ウサギにとっては一生分にも思えるような気の遠くなるような長くなる時間が過ぎ去っていた。そのとき、地平線上に仲間たちの姿が見えた。「おーい、ウサギくーん!」。カメが叫んでいる。

 

多勢に無勢と見たのか、さすがに疲れてきたのか、肉食獣はきびすを返すと草原のかなたへと消えていった。ウサギは、死ぬに違いなかった状況から脱したのだ。

カメの瞳を見てウサギは思った。以前のカメとの勝負、こいつがあきらめなかった理由が、いまやっとわかった気がした。そして、カメとの勝負がなければ、今日生き延びられることもたぶんなかっただろうな、と思った。

少し、カメのことを尊敬し始めた自分がいることに気づいた。