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だいぶつのブログ

いまさらなことをいまさらに語ります

宗教をそこまでして肯定する意味はあるのか?

引き続き「宗教論争」が盛んです。

神さまの殺しかた/宗教にハマらずに生きる方法
http://d.hatena.ne.jp/Rootport/20131120/1384952459

神様の殺しかたというタイトルが気に入ったので(私はニーチェ好き)思わず読んでしまったのですがなんというか言葉遊びですね。

まあ哲学とか禅問答なんて知らん人から見たらただの言葉遊びなんですけど本人は大抵命かけてやっています。最初に私が

先生「宗教信じてる?」
生徒「いいえ」
先生「じゃあそのお前の持っているそのお守りを今すぐ切れ!」
生徒「はぁ?なんでアタシの切らなアカンのよ、アホちゃう?」
先生「・・・はいお前は宗教信じてる決定!」

というやりとりを見て思ったのはこんなことです。

先生「お前のそのお守りを今すぐ切らなければ、お前の子供を殺すぞ!」
俺「迷わず切る」

そして、以前エホバの証人輸血拒否死亡事件というのがありました。

医師「輸血しないとあなたの子は死にます」
父親「教義上不可能です」
息子 死亡

ま、私の頭の中の定義では後者レベルにならないと「宗教」とは言わないのです。
日本では「カルト宗教」と言った方がしっくりくるのかもしれませんが、イスラム教徒が豚を食わないのは、これと同じレベルです。

以前、イスラム圏内で戦争難民が生じた時、米軍が食料を投下したことがあります。その中に、なにかの手違いで豚肉のハムが含まれていました。難民の多くは食料を食べず餓死を選びました。

エホバの証人事件をカルトと思ってしまう時点で、日本人の宗教観の「ヌルさ」が分かると思います。
ガチンコの宗教では命をかけるのがデフォルトです。たとえば、第2次世界大戦時、「神」である天皇陛下のために多くの国民が命をかけたのはよく知られています。

戦争中、天皇中心として固まり、命をかけた理不尽な戦いを展開する「アンデッド日本軍」を心底恐れて金玉縮み上がったアメリカは、日本人を骨抜きにする政策を進めました。「こいつらに物資さえあれば完敗していた」怖くて怖くて仕方がなかった。だから念のために原発2発も落とした。

それが奏功して、いまや天皇陛下を神と崇める日本人はごくわずかですよね。

だから、宗教心はもちろんゼロにはなっていないけど、濃度は世界比較でもそうだし、過去との比較でもそうだけど、確実に低くなっていることに疑いの余地はないんですよ。

議論のポイントとしてあるべきはそこなんですよね。「お守り切れないんだろう、お前は宗教信じてるんだ」とか言葉の揚げ足取りしている場合じゃない。

この現状を認識する第1歩となったという見方もできるかもしれませんが、その部分にばかり拘泥していても何も変わっていかないと思う次第です。